辯天宗について

宗祖さまおことば

おことば1

まごころがすべてです 幸せはまごころから生まれます

 あるとき、宇宙をただよっていた隕石が地球に落ちた。
隕石は、46億年の昔、地球を含む太陽系の惑星とともに誕生したといわれる。
成分を調べると、大量の水が含まれていることが分かった。気の遠くなるほどの時間を経て取り出された水である。地球外物質にすら含まれている水は、御本尊の大意志が無始より一切に遍満していることを語り掛けている。真心がすべてであるということは、すべてにもまた真心が満ち溢れているということだ。
幸せを生む種は、本来すべてに宿されているのである。

おことば2

祖先を粗末にしてはなりません

 ある天文学者が、生命が偶然に生まれるとしたら、その確率は1000・・・・・と0を4万個ならべたうち、たった1回だという論文を発表したことがある。これは、私たちの通常の感覚では理解できない。何か大きな、途方もない力、大意志があったとしか言い表わしようがないのである。
 その大意志を祖先から親という流れの中で引き継がれ、今、私たちはここにいる。
自己を成り立たしめている生命の流れに思いを寄せ、生かされている自分を自覚すること。祖先を敬う心はここから生まれる。

おことば3

どんなときにもすなおでありましょう

 秋になると、至る所でセイタカアワダチソウの群落を見掛ける。黄色の花穂が一斉に風に揺れて波打つ姿は壮観だ。
 この植物は1年に30㎞も勢力を広げるという。与えられた環境をそのまま受け入れるメカニズムが備わっているのだろうか。
 人生には無数の出会いがあり別れがある。そうした悲喜こもごもの出来事を自分の都合でより好みするのでなく、すべて自分に与えられたものとしてしっかりと受け入れることが大切である。出来事に素直になれない自分を反省し、前向きに歩んでいきたい。

おことば4

どんな人にもどんな物にも 好き嫌いのない水の心で接しなさい

 あの人は好感が持てる、とか、この人はなんとなく虫が好かない、といったことがよくある。ときには顔を見るのも嫌だといった極端な感情を持つこともある。対人関係に限らず、食べ物や持ち物にも好き嫌いの感情が起こる。
 好き嫌いで人や物に接していると、円満なつながりが断たれてしまう。自己中心の感情を排した、好きでもない、嫌いでもない、いわばすべてを等価値と見る接し方こそが対立を乗り越える力となる。好き嫌いのない水の心とは「素直」である。感情ではなく、教えに「素直」になってまごころを尽くそう。

おことば5

希望を失うのはまごころがないからです

 「希望」という言葉には、何かしら爽やかな、温かい、力が湧き出てくるような響きがある。言葉の持つ、力であろう。言葉には力がある。
 チャップリンは、「生きて行くには少しのお金と、希望さえあればいい」と言っていた。
希望とは「まごころ」だ。外に求めるものではない。外に求めるのは、少しのお金でいいのかもしれない。
 宗祖さまは「五行のお諭し」でも、信者訓戒の第一番にも、この「まごころ」をお挙げになっている。行き詰まったとき、落ち込んだとき、このお言葉を口に出してみよう。きっと力が湧いてくる。

おことば6

低い心には徳が流れこみます

 宗祖さまのお示しくださった信仰実践は、心を低くする行である。ところが信仰していながら高慢な人がいる。不平ばかり言う人がいる。理屈っぽい人もいる。そういう人は心の高い人である。
 水は常に高い所から低い所へ流れてゆく。同じように、お徳もまた心の低い人の所へ流れ込んでゆく。決して高い心へはやってこない。それどころか、高い心の人からはどんどんお徳が流れ去ってゆくことだろう。
 心を低くしよう。いつも謙虚で、不平を思わず、何ごとにも素直でありたい。
そうすれば、願わなくとも、その人の所にお徳は流れ込んでくるのである。


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