辯天宗について

辯天宗年譜

明治33年
(5月31日)

智祥第一世管長、和歌山県海草郡木ノ本村(現 和歌山県和歌山市木ノ本)に誕生。西本市太郎・こぶん夫妻の五男(幼名正信)。

明治41年
(10月)

智祥第一世管長、奈良県宇智郡野原村(現 奈良県五條市野原西)杖櫻山密乗院十輪寺住職、直木純祥の養子となり得度。

明治42年
(4月1日)

宗祖智辯、奈良県吉野郡吉野村飯貝(現 奈良県吉野郡吉野町飯貝)に誕生。吉井重吉・スエ夫妻の長女(幼名清子)。

昭和4年
(7月12日)

宗祖智辯、智祥第一世管長と結婚

昭和5年
(7月16日)

智祥長男、慈祥(幼名慶一、第二世管長)誕生。

昭和9年
(4月17日)

宗祖智辯、大辯才天女尊より天啓を享ける。

昭和17年
(3月8日)

慈祥得度。

昭和26年
(12月28日)

宗祖智辯、大辯才天女尊より立宗および本堂造営の御神示を享ける。

昭和28年
(12月20日)

宗祖智辯、大辯才天女尊より「大阪の東北の丘に第二の霊場を設けよ」と御神示を享ける。

昭和29年
(10月5~10日)

総本山宇賀山妙音院如意寺(五條本部)落慶大祭典執行。

昭和29年
(11月7日)

宗祖智辯、大辯才天女尊より「真の教えをもってみちびけ」と御神示を享ける。

昭和30年
(10月26日)

茨木桔梗殿落慶祭典、御本尊分霊遷座式執行。

昭和31年
(3月1日)

慈祥長男光祥(幼名保尚、第三世管長位継承者)誕生。

昭和35年
(4月16~17日)

宗祖霊顕25年祭執行。

昭和37年
(9月)

辯天宗東京本部、東京都墨田区向島に設置。

昭和38年
(1月)

五條本部を「大和本部」、茨木本部を「大阪本部」と改称。

昭和39年
(4月16~20日)

大阪本部本殿落慶大祭典、十五童子奉祀祭執行。宗祖御幼少像除幕式挙行。

昭和40年
(5月5日)

高野山真言宗「高野山開創1150年記念大法会」の導師を智祥第一世管長、副導師を宗祖智辯が勤める。

昭和42年
(2月15日)

宗祖智辯、遷神(午後2時47分)。

昭和42年
(3月5日)

宗祖智辯遷神式を大阪本部で営む。『御遺告』宣布。

昭和43年
(10月5~7日)

宗祖霊顕35年祭、大和本部教堂落成式執行。

昭和44年
(8月15日)

光祥得度。

昭和48年
(4月12~18日)

御廟・宗祖殿落慶大祭典執行。

昭和52年
(9月17日)

東京本部新聖堂落慶遷座祭執行。

昭和53年
(10月14~16日)

宗祖霊顕45年祭執行。

昭和56年
(11月1~3日)

水子供養塔落慶開眼大法要執行。

昭和59年
(10月6~7日)

大和本部本堂落慶30周年記念大祭執行。

昭和60年
(6月8日)

大阪本部本殿落慶20周年祭、信者会館落成式執行。

昭和62年
(12月31日)

智祥第一世管長、遷化(午前11時27分)。

昭和63年
(1月1日)

慈祥副管長が第二世管長に就任。

昭和63年
(1月19日)

智祥第一世管長「本葬の儀」を大阪本部で営む。

昭和63年
(10月8~10日)

宗祖霊顕55年祭執行。

平成元年
(5月1日)

光祥長男寛祥(幼名保典、第四世管長位継承者)誕生。

平成5年
(10月9~11日)

大和本部本堂落慶40周年祭執行。

平成6年
(11月2~3日)

茨木聖地開創40年・本殿落慶30周年祭執行。

平成11年
(4月15~19日)

宗祖霊顕65年祭執行。

平成14年
(9月13日)

宗教法人「辯天宗」規則が文部科学大臣より認証。

平成14年
(9月25日)

宗教法人「辯天宗」設立登記。

平成14年
(10月12~14日)

立宗50年記念秋季大祭執行。寛祥得度。「辯天宗宗憲」公布。

大和本部は総本山如意寺、大阪本部は冥應寺、東京本部は東京別院に名称を変更。

平成16年
(10月2・3日)

総本山如意寺落慶50年記念祭

平成17年
(4月)

お運び制度全面改定

平成17年
(11月3日)

冥應寺落慶40年記念祭

平成20年
(4月1日)

宗祖生誕100年記念祭

平成21年
(4月17~19日
4月24~26日)

宗祖霊顕75年祭

平成23年
(4月10日)

第19回婦人部大会において東日本大震災犠牲者の追悼と被災地の早期復興祈願

平成23年
(11月12・13日)

水子供養塔落慶30年祭

平成24年
(11月17・18日)

東京別院設立50年祭